日曜日の踊り念仏

こんにちは。
はなひ堂新井です。


今日は日曜日ということで、事務所で持ち込みのお客様を待ちながら色々な作業をしていました。


といっても妻が不在でしたので娘と息子を見ながらの作業となるため、ほとんど何もできません(^_^;)


やったことといえば「日本の古本屋」の在庫確認とPS3本体の初期化くらいです。


むしろおむつを替えたり、ミルクを作ったり、ポロポロこぼしたご飯粒を拾ったり、気まぐれの抱っこ要求に応えたり、というそちらの業務(?)のほうが大忙しで本を触る時間はほとんどありませんでした。


こういった日が続くと焦燥感で身も心も焼かれてしまうような気持ちになってしまいますが、妻は恐らく私の倍以上も焼かれていると思いますので、それを思うと私の修行が足りないということなのかもしれません。


ただ子供とのふれあいは修行という側面もありますが、単純に楽しみでもあります。


修行即楽しみ。


私がサラリーマン時代に辞めて開業しようかどうか迷っていた時に背中を押してくれた本の一つに岩波文庫の「南無阿弥陀仏(柳 宗悦)」があります。


辞めようか迷っていたということはかれこれ6、7年前になるので、もはや内容があやふやなところもありますが、それでも当時「一遍の踊り念仏こそがまさに私が今踊るべきダンスなのだ!」と激しく打たれたのを覚えています。


そんなひと時の激情に背中を押されるほうも押されるほうですが、この本は「落ちたら古本屋」という断崖絶壁からそっと背中を押したのでした。


本書の内容を簡単に説明すると、法然からの浄土の流れを一遍が先鋭的に進めたというような内容で(あやふやですので大雑把すぎて申し訳ございません)、その一遍のたどり着いた先が修行も極楽浄土も全てが混然一体となった「踊り念仏」だったという話だったと記憶しています。


そして今、私もまさに踊り念仏のようなものを踊っているのではないかという気がひしひしとしています。


修行も楽しみも全てが一体となる状態、それはまさに今の私の状態なのではないかと不遜にも思ってしまいます。


修行も楽しみもPS3の初期化も全てが混然一体としているのです。


眠くて泣いている息子を抱えつつ、娘とアンパンマンのエンディングテーマを一緒に歌いながら、日本の古本屋の在庫確認をする。そして傍らではPS3が初期化されている(残り3時間)。


そんなことだから自分が今何をしているのかよくわからなくなってしまいます。


でも踊り念仏とはそんなものなのではないのか。自分が何をしているのかという自覚ではなく、踊り(念仏)に没頭している状態。


もはや何を書いているのかよくわからなくなってしまいましたが(^_^;)、踊り念仏とはまさにそんな状態なのではないのでしょうか。


そうこうしている間にPS3の初期化も終わり、妻が帰ってくる新幹線の時間が来たので駅に向かいます。


その後、夕方は西蒲区で出張買取。


今回で3度目のご依頼のお宅へ伺いました(ありがとうございます!)。


本日は本、DVD等をお売りいただき、ありがとうございました!

はなひ堂ブログ 2018年3月18日